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社長のひとり言

三十年後の待ち合わせは大阪万博だった

私には、チェコ人の親友がいる。彼と出会ったのは、今から34年前の1992年、英国でのことだった。

当時のチェコはまだチェコスロバキアと呼ばれており、1989年の民主化運動によって長く続いた共産主義体制が終焉を迎えたばかりだった。彼は、その民主化運動に積極的に参加した一人であり、自由を手にした後、新たな人生を求めて英国へやって来た。

私たちはシェアハウスで共同生活を送り、若さゆえの苦労も喜びも分かち合った。まさに酸いも甘いも共にした仲だった。

1996年に私が帰国して以来、彼とは離れ離れになった。それから約30年。ある日、「今、日本にいる」と彼から連絡が入った。あまりに突然の知らせに、私は驚きを隠せなかった。

そして、彼との再会の場所となったのが、大阪・関西万博のチェコパビリオンだった。

再会を喜ぶ間もなく、私はさらに驚くことになる。現在の彼はドバイを拠点に複数のビジネスを手掛けており、その関係で知り合った有力者からの要請を受け、チェコパビリオンの責任者として日本へ派遣されたというのだ。

若き日を共に過ごした親友だったが、私は彼の知らなかった一面を見ることになった。

彼は今、アートの世界に深く魅了されているようだ。

万博閉幕後も日本に滞在し、各地を巡りながら「一期一会」と題してパフォーマンス活動を続けている。

正直なところ、私にはアートというものがよくわからない。彼が何を表現し、何を求めているのか、その真意も十分には理解できていない。

それでも、ひとつだけ確かなことがある。

三十年の時を経ても、彼は私にとってかけがえのない親友であり続けているということだ。

だからこそ、遠い異国の地である日本で、自分の信じる道を歩み続ける彼を、親友として少しでも支えてあげたいと思っている。

人生とは不思議なものである。若き日に英国で出会った二人が、三十年の歳月を経て、再び日本で巡り合う。しかも、その舞台が大阪万博になるとは、当時の私たちには想像もできなかった。

人との縁というものは、ときに長い沈黙を越え、思いもよらない形で再び結び直される。そんな不思議さとありがたさを、今、私はしみじみと感じている。

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