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社長のひとり言

問題は解決しなくても消える

「ほんと、情けないです。僕は、ダメな経営者です。昨晩、晩酌しながら実感しました。」

そう話し出したのは、古くからの経営者友達だ。彼は年商10億を目指しているが、今期は6億くらいで終わってしまうと嘆いていた。

これを読んでくれている方のほとんどは、彼に共感できないのではないかと思う。私自身もその一人だ。

経営者として多くの雇用を行い、黒字決算を達成できたこと自体誇らしいことなのだが、目標が達成できないことへの無念がその価値さえも掻き消してしまう。

この現象は、状況が違えど誰にでも起こりうる「人間のさが」なのかもしれない。

彼に対して、「うらやましいほど良くやってると思うよ。でも、年商10億を成し遂げた次はどこへ向かうの?」と聞いてみた。

「そうですねー、目標は高くなるいっぽうですが、ほどほどにした方が良いのですかね?」と聞かれて、成し遂げたこともない私は回答に詰まるのだが、少なくとも言えるのは、成し遂げた時のリアルな感情は大切だが、「今、幸せか?」がもっと大切ではないかと彼に問うてみた。

我々は、ついつい過程の中の喜びの感情を見失っていることが多いようだ。

会社経営者だから、社員だから、公務員だからとかの話ではなく、人間は自分自身の人生の経営者であるから、同様の現象が万民の内側に起こっていると思われる。

話変わって、先日、また別の経営者の悩みを聞いた。

社内でいじめのような、村八分のようなことが一人の社員に対して起きているそうだ。

社長に対して、彼を何とかして欲しい。彼が辞めないなら、自分が辞めますとまで言い出す者も出てきたそうだ。

多かれ少なかれ、これは誰でも人生に一度は聞いたり見たりしてきていると思う。

この行為自体は、人間が不完全である限り解決しようがない問題なので、今回はこのことに言及するつもりはない。

しかし、責任者にとっては、見て見ぬふりができない一大事であるため、明日は我が身と思い、この事象を考察してみた。

アンテナを張ると色んなことに気がつくもので、以前、聞いたことのある話を思い出した。

まず、この「辞めます」と言っている社員についてだが、そのターゲットとしている社員に対して、許したり、認めてあげたりという努力をしたのか?という観点だ。

この人どうしても許せないです、生理的にもダメです。と言われたら、私の場合、その考え方を変えた方が楽ですよ、と言ってしまいがちだ。

でも、当人にとってはそれができるなら苦労しない!ってなるのがオチである。

しかしそれよりも、そのターゲット以外の多くの社員に対して目を向けてみようという観点がある。

その他の社員たちは、私自身を苛立たせることなく、仕事に集中させてくれている。

ターゲットの至らない点ばかりが、目につき、周囲の方々の好意が当たり前になっていないだろうか?その方々に対して感謝して生活しているだろうか?

癌になった人を例にあげると、癌以外のほとんどの体の部分に日頃から感謝していますか?と問いたくなる。

肺癌になったとしても、眼や耳、口、手足などはほとんど健康的であるのだが、そこが正常であることに感謝しているのか?

信じるか否かは、人それぞれであるし、私も半信半疑だが、その感謝の心が生じるとそれに気がつかせてくれた癌さえも愛おしくなり、癌は消えてなくなるそうだ。

先程の社内問題に戻るが、要するに、周囲の人達や環境に感謝の念を抱くことがまず先決で、それから、それに気付かせてくれたターゲット(もし癌としたならば)に感謝することでしか、根本的な治癒は行われないということだ。

では、責任者としてどうしたら良いのか?

その問題提議をしてくれている社員にフォーカスする前に、社員全員が今までしっかり勤めを果たしてきてくれたことを当たり前ととらえず、感謝することが求められるということだろう。

もしそれができれば、この問題は何らかの形で消滅するといえる。

私も含め、責任者は部下に問題が起こると即効性のある応急処置に走りがちなのではないだろうか。

時にはそれも、有効かもしれない。傷口に貼る絆創膏や、痛みを消す鎮痛剤の存在もありがたいものだ。

しかし根本的な治癒に必要なのは、「感謝の心」であり、その対象は、当たり前と感じてしまっている身近な人達に向けるべきものであると結論付けられる。

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